人を轢(ひ)いてしまった。
会社帰り、残業で遅くなった俺は、ぼーっとしていた。頭の中では嫌なことが駆け巡る。
無意識のうちに車のアクセルを踏む足にも力がはいっていた。
どうせコンビニもない田舎道、暗くなると出歩く人もいない。
だが、今日は違った。
気づいてブレーキを踏んだ時には遅かった。
(・・・捕まるわけにはいかない。)
見ている人なんて誰もいない。このあたりには民家もないし街灯もない。
何度も声を掛けて脈を探してみたが、応えることはなかった。
顔は正視できなかった。震える手で死体の頭と出血している箇所を車内にあったタオルとビニール袋でくるんで、血がたれないようにして車に乗せた。
道路をみると黒いシミが落ちていた。そんなに多くない。飲みかけのペットボトルのお茶で流すとわからなくなった。
バッグや手荷物は持っていなかったようだ。
トンネル近くの踏み切りまで車を走らせ、踏み切りから死体を担いで線路を歩いた。
ここは私鉄の線路だ。電車の本数も少ない。朝夕以外は1時間に1本も通ればいい方だ。
もうとっくに終電も終わって虫の音だけが響いている。
トンネルの中まで死体を運ぶと線路に横たえて、くるんでいたビニール袋とタオルをすべて外した。
小柄な死体は軽かったけど、さすがに汗だくだ。その場にへたりこんだ。
「・・・痛っ!」
落ちていた針金が右手に刺さった。
さっき死体から外したタオルを手に巻きつけて止血した。
ただ、あわてて手間取ってしまい血が落ちたかもしれない。
少しでも自分の痕跡を残したくなかった。
携帯のライトであたりを照らしてみると、敷石に黒いものが点々と付いているようだった。
(ここなら人から見えないから慎重にやれば大丈夫だ)
自分に言いきかせて、辺りの黒い斑点の付いたような石をすべて拾い集めた。
離れてライトで照らしてみたが、敷石が減っているようには見えなかったので安心した。
ずっしり重い石と布の入ったビニール袋を両腕に提げて、車に戻った。
帰ってから車を入念にチェックした。バンパーがちょっと凹んでいただけだったが、不安で朝方まで何度も血痕が落ちてないか車の中をチェックした。ビニール袋も明日山に埋めに行こう。
(これなら自殺にしか見えないはずだ。)
3日後警察官がうちに来た。
「少しお話を伺いたいのですが・・・3日前の深夜、人が殺されたのですが・・・」
何故、警察は被害者が自殺ではないと見抜いたのでしょうか?
『現場付近の○○の△が違っていたから。』
の形で、○○に二文字、△に一文字を入れてお答えください。
※ 問題中に使用されている人名、地域名、会社名、組織名、製品名、イベントなどは架空のものであり、実際に存在するものを示すものではありません。
【解説】
A.現場付近の『敷石の色』が違っていたから。
真っ暗なトンネルの中を携帯のライトだけで探したので、汚れが付いたと思われる石を袋いっぱいに集めてしまいました。
敷石は表面が鉄でさびて茶色に変色しています。
辺りの表面の石を持ち去ってしまえば不自然なのは一目瞭然です。
最近、石の入れ替えが行われたなら話は別ですが。
【その後】
「・・・遺体は損傷が激しく身元が・・・現場に不審な点が・・・遺体を調べてみると車の塗料と本人以外のものと見られる毛髪、汗が・・・道路上にブレーキ痕・・・」
警官の話は途切れ途切れにしか入ってこない。
俺は腫れあがった右手を押さえた。
化膿していたが怖くて病院には行けなかった。
「・・・で車を調べさせていただけませんか?」
轢かれた人間の執念のようなものを感じて背筋が冷たくなった。