10年前、私が医大に入学したのを見届けてから両親は自殺した。
私が家に居ない時に家に火を着けての心中だった。
太陽が雲に隠れている日の事だった。
家には借金があったらしい。
公共事業の区画整理で私の家は立ち退きを促されていたが、両親は家族の思い出を手放すまいと反対していた。
そんな折り、私の医者になる夢のために、ある金融業者からわずかなお金を借りていた。
そこで運命の歯車が軋み始めたのかもしれない。
わずかに借りたお金はみるみる膨らんでいき、さらに不運は公共事業の指揮を執っていた市議、前野満作が裏で金融業者と繋がっていたことにより、両親は追い込みをかけられ「死」を選んだ。
表向きには事故だったので保険がおり、また取り立ての不当性が立証され、借金も返済義務を無くし、私は両親の残してくれたお金で医大を卒業した。
”デモ、私ハ許サナイ”
運命の歯車は時として思いがけない動きをする。
雲から太陽が顔を出し始めているその日、私の勤務する病院に前野がきた。
前野は私に気付いていないらしく「こりゃあ若くて美人な先生だ」と喜んでいた。
”イマスグ殺シタイ”
前野は最近、朝5時頃になると決まって胸が締め付けられて目が覚めると言った。
「昔は悪いことも汚いこともしたからな。恨まれてるのかもな。」
前野は平然と言い放ったが、私はあることを思いついた。
「おそらくストレス性のものでしょう。お薬を出しておきますね。」
”殺シテヤル”
コニール錠4mg 成分:塩酸ベニジピン
黄色い錠剤のそれは、もちろん精神科の薬剤ではない。
それを通常1日半錠~1錠のところを1日3錠で処方した。
更に私は「周りには内緒で先生ともっとお話ししたい」と誘った。
前野はイヤらしく笑いながらその誘いに乗ってきた。
”一時ノ我慢ダ”
前野の別宅マンションで私は、薬の作用を促進させると言い、グレープフルーツジュースを前野に飲ませ、私が処方した黄色い錠剤「コニール錠4mg」を3錠口移してベッドに雪崩れ込み、前野に抱かれた。
6時半。
目を覚ました私はグレープフルーツジュースを飲みながら、マンションの外の景色を眺めている。その日の太陽は眩しかった。
朝日に包まれた私の後ろでは眠ったまま息絶えた前野が横たわっていた。
前野の本当の病名はなんでしょう?○○症と答えて下さい。
※ 問題中に使用されている人名、地域名、会社名、組織名、製品名、イベントなどは架空のものであり、実際に存在するものを示すものではありません。
【解説】
A.狭心症
塩酸ベニジピンは高血圧症の人の血圧を下げたり、狭心症の人の発作を和らげたりします。
しかし、多量服薬や、同時にグレープフルーツを摂取すると急激に血圧を下げてしまい、死に至ります。
調べられると解るだろう。
私が多量に処方したことや、10年前の事件。
私は逃げも隠れもする気はない。このまま自首しよう。
ただ、両親の苦悩と生命と思い出の金額で私は医者になり、それとの引き替えが前野の生命だとするとばかばかしいけど。
それでも太陽は私を照らしてくれる。